ラムサールフェスティバル2009

1/30, 31の2日間宮城県大崎市で行われた、
ラムサールフェスティバル2009にやってきました。
大崎市でのラムサールフェスティバルは数年前(合併前の田尻町時代)から毎年開催されています。
昨年10月に開催のラムサール条約COP10で、大崎市の化女沼が湿地登録され、
大崎市内に登録湿地が2つになったこと(もう1つは蕪栗沼・周辺水田)、またその結果、
隣の栗原市、登米市にまたがる伊豆沼・内沼(日本で2番目の登録湿地)と合わせ、
宮城県北のこの狭い地域に3つの登録湿地が三角形に配置されることになったため、
この地域を「ラムサール・トライアングル」と名づけ、世界でも稀なこの地域の宝を
どのように活用していくか、ということが大きなテーマとなりました。
はしべ


1日目の目玉はその栗原、登米、大崎3市長による鼎談。
090130ラムフェス市長鼎談.jpg
それぞれの立場も感じさせながら、「ラムサール三兄弟」のそれぞれの特徴を生かしつつ、
共通の課題を認識して地域全体を底上げしていこうという話にまとまっていたと思います。
あん・まくどなるどさんのコーディネートも(基調講演も)素晴らしく、
この手のトップ会談としては中身の濃い内容だったと思います。
2日目の朝は化女沼への早朝エクスカーションから始まります。
蕪栗沼はもう何度も行っているのですが、化女沼は初めてです。
化女沼は蛇を生んだ女性が身を投げた、とかいくつもの伝説を持つ沼だそうですが、
農業用水の確保のためダム工事を行い、昔より水位の高い沼となっています。
ダム湖としては世界初?のラムサール湿地登録だそうです。
湿地登録の決め手となったのは、日本で越冬する亜種ヒシクイ数千羽のほとんどすべてが
化女沼で越冬することだそうです。
この日はあいにくの雪混じりの雨でしたが、亜種ヒシクイ約1,500羽の飛び立ちと、
続いてマガン数千羽の飛び立ちを見ることができました。
090131ラムフェス化女沼.jpg
私のカメラではこれが限界です。
フェスティバル2日目は、2つのパネルディスカッションが目玉です。
午前中はそれぞれの沼のそばの3校の小学生による学習の発表を中心としたもの。
090131ラムフェスディスカッション1.jpg
各小学校で地元の宝であるラムサール湿地についてよく学習がされていること、
またそれを通じて子供たちに地元の宝を守ろうという気持ちが生まれていることが分かりました。
この地域では学校などを通じてCEPA(広報・教育・普及啓発)も進んでいることを示していました。
また中学生の伊藤君は昨年10月の韓国でのNGO湿地会議でも発表をしたのですが、
なかなか場慣れをしているというか、将来が楽しみでした。
最後に会場から、「ラムサール湿地である沼(と、それがラムサール登録をされる理由となった
渡り鳥)を守るには、実はこの地域にある農業(鳥が食料を得る田んぼ)を守ることが
一番大事なのだが、将来は農業をしたいと思うか」というちょっとイジワル?な質問が
出た(写真で手を挙げているのは家が農業をしている子供)のですが、
午後のディスカッションがそれへの1つの答えとなっていたのではないでしょうか。
午後のディスカッションは、地元4名と山形、新潟の若い(1970年代以降生まれ)
農業者6人によるものでした。
090131ラムフェスディスカッション2.jpg
実は6人中5人は私は面識があった(しかも2人は弊社が契約する米生産者団体に所属)ので、
普段より抑えた話し方をしている人、普段どおり吼えている人、があり面白く聞いていました。
それぞれの取組内容は違いますが、地域内で悩みや問題を抱えながらも、
将来を見て取り組んでいることは共通して感じられました。
午前中の子供達への問いに対しても、この若い世代が活躍している姿があることが、
地域の農業を持続させる一番の原動力になるというのが答えではないでしょうか。
ラムサール条約自体を賢明に利用して地域の農業も振興しようという視点と、それを
「周辺水田」も含めた湿地登録という世界でもあまり例のないことにより実現した点で、
この地域は従来から日本、アジア、そして世界の湿地保全をリードしていたと思いますが、
COP10での化女沼の湿地登録と水田決議の成立を経て、
さらに新たなステージにこの地域が踏み込もうとしていることを感じさせるに十分な2日間でした。

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